大阪芸大写真学科の後輩へ

芸大生諸君!
君たちは芸術をより深く研究するために、高等教育を受けたものの中からふさわしい学力を持った者として選抜されたのだ。
芸大は専門学校ではない、写真の技術を修得するところではない。
技術を習得したいのなら現場に出るのが一番早い。
芸大で4年間、専門学校なら2年間かかって覚えた技術は、現場では3ヶ月で覚えるだろう。

   

もう30年以上も昔、私も芸大の写真学科で写真という芸術を研究していた。
研究テーマは写真は芸術足りえるか、現実の複製ではなくオリジナリティーを持てるかということだ。
例えば、美しい霧の摩周湖の写真を撮ってくる、早朝から三脚を構えて霧の中から一瞬覗く群青の湖面を捉えたとする。
美しい写真を見た人はため息をつく。
しかし、しかしだ。
その人達をその瞬間にその場所、摩周展望台に連れて行ったらどうだろう。
おそらく写真を見るより何十倍もの感動を得ることだろう。
そうであるのなら写真は負けだ。
写真の必要性はない。
現実を複製しただけの写真はつまらない。
現実を超える芸術性、それが僕らの求めるテーマだった。
グラマーな女性の魅惑的な写真は男性にとっては目が離せないだろう。
しかし、その女性が実際に目の前で楽しく会話してくれるのなら、写真はもはや不要だ
女性の魅力を写真が超えることは永久にありえない。
現実を複製しただけのつまらない写真だ。
しかし、女性に会えない人たちのために我々は写真を撮る必用があるんじゃないのか・・・。
その写真にお金を払ってくれるのならそれでもいいじゃないか・・・。

   

それから30年の歳月が過ぎ、学生時代につまらないとコケにしていた写真を撮り重ねて生業としている。
社会が求める現実の複製記録、我々の仕事はもはや芸術とかけ離れたところにあるのではないのか。
しかし、私はあきらめない。
写真は現実を超えられると信じている。
社会の求める現実の複製記録も、芸術性を含めることで付加価値は上がるだろう。
現行の写真の市場価値と芸術性との融合を求めて、いつか誰にも撮れない写真を撮ってやろうと思って日々精進する。

   

芸大生諸君!
忘れてはいけない。
写真の技術は現場で覚えられる。
大学では芸術を追求して欲しい。
それは、専門学校出身のカメラマンとの差別化になり、カメラマンとして生き残れるヒントとを与えてくれるだろう。

ふじたパパ

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